Opinion; 時間をこえて (Noir)

歴史をふまえ、バランスのとれた時事考察を!

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  • | 2005-05-31 | 
  • 中国がEUに武器を売ってもらう方法

    EUが、中国に対する武器輸出禁制を、来月6月に撤去することをあきらめました。
    もちろん、永久に禁止するわけではありません。「具体的に人権擁護政策を改善したら」という条件付です。しかも、親切なことに、“具体的”な改善案をふたつ挙げてくれています。


    ひとつは、「“再教育”を目的とした労働強制収容所をなくす」案です。
    中国では、司法と行政の両方が人を罰する権利を持っています。逮捕された人間は、警察によって、司法・行政のどちらのシステムに送られるか決められます。

    司法に送られた人は、弁護士と裁判を受ける権利を与えられ、有罪だと普通の刑務所に送られます。
    行政送りになった人…というより、行政の中にある警察当局に留められた人は、裁判もなにもなく、最高4年間、“再教育”を目的に、労働強制収容所に入れられます。

    労働強制収容所は、1957年から始められました。今現在30万人以上が、3百以上ある収容所に入れられていると推測されています。
    警察の権限で収容される人は決まるのですから、売春婦、薬物の常用者、ささいな犯罪を犯した人、法輪功信者、チベット自治区からの逃亡者、政治犯など、収容者は様々です。彼らには法律上の権利が全くないので、人権侵害だと批判されています。

    この労働強制収容所のシステムは、今まで、北京政府の政策に反対する人たちを沈黙させるのに大きな役割を果たしてきました。北京にとっては、これからも大いに活用していきたいところでしょう。


    ふたつめの改善案は、「国連の‘市民的及び政治的権利に関する国際規約’(国際人権規約)(国際人権B規約)に批准(加入する事)すること」です。これは、‘世界人権宣言’に法的拘束力をもたせるために、国連で採択された条約です。
    【追加】【注】国際人権規約は、『‘経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約’(国際人権A規約)』と『‘市民的及び政治的権利に関する国際規約’(国際人権B規約)』に分かれています。(050602)

    条約を批准するためには、国内の法整備をしなければなりませんから時間がかかります。ちなみに日本は、1966年の国連採択から、1979年の批准まで13年かかりました。
    しかし、一党独裁の国では、日本のように長々と議論する必要はありませんから、紙の上の法律をつくることぐらい、そんなに時間はかからないでしょう。

    ただ、問題となるのは、‘国際人権規約’には、個人が国連の人権委員会に、人権侵害に対する申し立てをする権利を認めた、‘選択議定書’というものが付いていることです。

    中国がこんなものを素直に批准した日には、国内では労働強制収容所を使って抑圧できたとしても、

    ニューヨークの人口=
    10億(申し立てのため不法入米した中国人)+少数(今の人口)

    と、なってしまいます。
    みなさん、北京はどうしたらいいのでしょうか?


    面白いことに、日本が答えを出してくれているようです。
    実は日本は、‘国際人権規約’に批准したときに、社会的権利に対する幾つかの点と、‘選択議定書’に関しては、留保(この点は受け入れないと言う事)しているのです。
    条約に批准すれば、‘選択議定書’が留保であっても、人権は改善されたとして武器を売ってもらえるでしょう。

    ところで、‘選択議定書’を留保するには、言い訳が必要ですよね。
    これも日本政府を見習えば大丈夫です。「人権委員会は、司法権の独立を損なう可能性がある」と言えばいいのです。

    国連の人権委員会は、申し立てられた件に関して、その国の政府(行政)に対して改善を求めるだけで、司法とは何の係わり合いもないのですが、そういう論理的な問題は、日本を見る限り気にすることはないようです。
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  • | 2005-05-30 | 
  • ドタキャンの理由(まとめ); 靖国 vs.モンゴル

    先日の『自大主義?; 世界、中国、そして日本』及びそれに続くモンゴル関連のエントリーで述べた、「呉副首相のドタキャンの靖国という理由は、呉副首相の来日中、靖国関連の大勢に変化がなかったためおかしい。」と、「ドタキャンは広い視野で観ると、大勢に変化のあった対モンゴル政策の綿密な打ち合わせのため。」という私の考察に対し、渚のバラードさんに以下の反論を頂きました。
    中国政府が翌日になって「靖国参拝が問題だった」と公式表明した件については、中国政府部内の不統一が真の理由のように思われますが。

    貴兄が語るところの、モンゴル対応でドタキャンしたとするならば、こちらの方が余程論理性がないと僕は思います。彼女は、帰国当日も、民主党の岡田氏や、日経連の奥田会長と会見しており、小泉首相との会見(精々1時間程度か)を突然キャンセルしてまで、モンゴル対応のために急遽帰国したとは、非常に考え難いのです。しかも、羽田を発った後に到着したのは大連であり、そこで一泊しているそうですから、小泉首相に会見する時間がなかったとは、このことからも到底考えられないのですが。

    そこで、渚のバラードさんへのお返事と、私自身のこの事件に関するまとめの意味を兼ねて、このエントリーを新しく立ち上げることにしました。

    「中国政府部内の不統一」とは、“靖国は関係ない”派と“靖国が理由”派の間の力点が、前者から後者に移ったため、ドタキャンの理由が「靖国は関係ない」から「靖国が理由」になったと理解し、話を進めます。

    真実は渚のバラードさんのおっしゃる通りかもしれません。
    私にも、もちろん真相は分からず、推定しかできません。

    ただ、中国“国内の派閥問題”によって、翌日すぐに理由を変えるぐらいなら、つまり派閥間のバランスがそこまで微妙な状態だったのでしたら、最初に外務省から「帰国に靖国は関係あるか?」と聞かれたとき、「関係ない。」と断言はせず、例えば「靖国?靖国参拝は日中友好を築く妨げである。」というふうに、帰国と関係あるようでいて同時に関係ないような、後に好きなように説明できる――中国の好きな――言質を取られない、曖昧な回答をしていたのではないでしょうか。

    この最初の時点での受け答えは、とても重要なことで、最初は帰国理由を靖国にするつもりはさらさらなかったことを――つまり実際に靖国が理由ではなかったにちがいないことを――強く示唆しています。(それ以降の、北京の発言、もしくは○○筋によると○○などという裏の取れない情報は、政治的要因による捏造、隠蔽と誤魔化しの繰り返しでしかないはずですので、本当の帰国理由を考えるときには、基本的には無視するべきだと思います。)

    それに、理由を‘180度’変えなければならないほど派閥間の力関係に重大な変化あって、“敵性”派閥が強大になってのでしたら、大連などの地方都市で降りず、北京まで帰って、“敵性”派閥に忠誠を誓った後、モンゴルに発つのが普通だと思います。

    今回のモンゴルの選挙は、誰もが決選投票に持ち込まれると予想していました。北京もその予想に則って呉副首相の来日スケジュールを立てていたはずです。

    しかし、北京にとって内政上の問題によりモンゴルは日本より重要ですから、念のために、呉副首相が来日する前から、モンゴルの選挙の開票の進み具合によっては、いつでも緊急会議ができるように準備をしていたのだと思います。

    外遊中の呉副首相のためには、緊急で移動するには空と道の渋滞のせいで不便な北京より、比較的渋滞の少ない大連のほうが良いと判断し、CCTVを通じて会議に参加できる準備をしていたのでしょう。(ちなみに地理的に日本とモンゴルの間にある、河北・東北地方で、渋滞が“ない”大都市は大連だけです。)

    呉副首相自身は、自分の日本でのスケジュールをこなした後、前もって決められていた決選投票対策を持ってモンゴル入りをする可能性が高いと考えていたはずです。小泉さんとの会見だけをキャンセルしたのは、帰国命令が来て出国準備が整った時間が、たまたま首相と会う前だったというだけだと思います
    23日午前9時過ぎ、呉副首相と河野衆院議長が議長公邸で会談していた際、副首相あてに電話があった。副首相は「本国から急きょ帰国するように指示があった」と語ったという。谷内正太郎外務次官に対しては、同日午前、中国の王毅駐日大使から電話で「公務のため、本国へ帰る必要が生じた。他意はない」との連絡があった。(共同)

    このあたりで、もし私に「何時にモンゴルの選挙管理委員会が結果を出し、何時にマスコミに通達したか」というような具体的な数字が出せれば、私の考察への信憑性も格段に上がるはずなのですが、23日の正午前にはモンゴルのメディアが選挙管理委員会の結果報告を報道したことを知っているぐらいで、残念ながら正確な時間を知りません。

    北京には、東京と違い、何か起こると直ちに緊急会議を開き対処する習慣があります。(記憶に新しいところでは、北京の反日デモが自分たちの想定していたのより大きくなると、2時間後には首脳陣の緊急会議が開かれていました。)それに、呉副首相に「先約があるから会議を始めるのを1時間ほど待っていて下さい」と会議の開始時間を遅らせる決定権はもちろんないでしょうし、たいした内容などないと最初から分かりきっている小泉さんとの会合ですから、他の首脳陣を待たせる理由など考えられません。1,2時間の問題だったら待つはずという日本的な見解で、時間の長さより内容を重視する北京の行動を読むべきではないと思います。

    以上の点から総合して、『中国政府が翌日になって「靖国参拝が問題だった」と公式表明した』のは、“国内の派閥問題”ではなく、例によって日本のマスコミが何も考えず「靖国のせい?」「靖国!」と騒いでいたため便乗したと推定します。

    結局、事柄の性質上、推定の範囲を超えられないのですが、よろしければご意見をお聞かせ下さい。
  • | 2005-05-27 | 
  • 日本の外交;100年前vs.現在

    今日は日本海海戦の100周年記念日です。私にとっては個人的に思い入れのある海戦なのですが、そのことよりも、『モンゴルと中国(II); ジンギスカン論争と中国外交』のコメント欄でAromaさんにお話した通り、外務省の話題です。

    日露戦争の講和会議に出席された小村寿太郎さんは、あちこちで書かれ、本になり、みなさまもご存知のように、現実をデータに沿ってしっかり見つめ、バランスの取れた分析をされる外交官でした。

    残念ながら、講和条約締結後、「戦争には勝ったが外交で負けた」と国民が叫んだことと、実際に賠償金を取れなかったことから、海外では今でも、「外交はウィッテの勝ち」と一般的に考えられています。

    しかし私は、相手にはまだ余力があり、しかも日本に戦争を継続する力がもうないことを相手に推定されているにもかかわらず、戦争を終結したばかりか、目に見えるもの――南樺太――を持ち帰った小村さんは、すごい人だと思います。

    さて、現在の外交官はどうでしょう?

    2001年の夏のことです。
    当時は、1994年に起こったルアンダの虐殺に関する真相がやっと明らかにされ始めた頃です。

    その数ヶ月前に、OAU/AU(Organization of African Unity/African Union:アフリカのEUの卵のようなもの)の独立委員会が調査し、「アメリカの不介入主義も良くないが、見て見ぬふりをしたカトリック教会とフランスの責任が一番重い」という結論を出したレポートが国連に提出されたため、欧米の“まじめ”な新聞の一面やコラムで取り上げられ、世界世論――といっても欧米の世論ですが――は、「ルアンダの虐殺は誰の責任か?」で渦巻いていたときです。

    運良く、フレンチ・アフリカ地区――旧フランス・ベルギーの植民地(象牙海岸からアフリカの真ん中あたりの地区:ガーナ・トーゴからルアンダのあたり)――を専門に仕事をなされている外務省の方に出会い、お話をする機会がありました。

    私は日本がOAUのレポートに関してどう考えているのか知りませんでしたので、会話がアフリカの話題になったときに、聞いてみました。すると、その方は…


    「そんなレポートが出ているのですか?」


    私は一瞬で、文字通り石化しました。
    (え? 外務省の、しかもあの地域のプロでしょ?)
    これを読まれているみなさまも、唖然とされていることでしょう。

    もちろん、虐殺の責任問題が話題になっていることもご存知ありませんでした。
    もしかして、外務省って、ヤフーとかグーグルの日本語検索で、海外の情報を集めているのでしょうか?(笑)
    日本のマスコミも――私の知る限り――沈黙していましたから、検索にかからなかったのかもしれません。

    現在の外務省が、今現在起こっている事象のデータさえもちゃんと集められていないのには驚かされた出来事でした。

    最後に、外務省のために付け加えておきます。
    私は在外公館で、何度か外務省の方のお世話になったことがあります。みなさん、礼儀正しくて、とても良い方ばかりです。
    宿泊していた友人宅が泥棒に入られ、パスポートも何もかも盗まれて困っていたとき、「お金は大丈夫ですか?」と聞いてくれた領事さんは、まるで私の父親ででもあるかのように親身になってくれ、感動したこともあります。ありがとうございました。

    追伸。
    外務省のみなさんへ
    外交面でも、これぐらい力を入れて頑張って下さいね。
    100年前に負けていますよ。
    まずは、たとえ日本に直接関係なさそうでも、国際機関のレポートぐらい読んで、そして海外の新聞も毎日読んで、データの収集から始めましょう!
  • | 2005-05-25 | 
  • モンゴルと中国(II); ジンギスカン論争と中国外交

    モンゴルと中国(I); 内モンゴル人と中国人」の続きです。

    日本人にとっては、元寇があったにもかかわらず、元寇に遭って実際に支配された国の人たちがどう虐げられたか想像しにくいですから、ジンギスカンのイメージって、ヒーローに近いものですよね。モンゴル人にとっては、もっと無謬――ウルトラマン(笑)――のようなものでしょうか。

    でも、例えば、イラクとその周辺はイギリスに植民地化され、実際に敵の中にイギリス軍もいるので、アメリカのイラク侵略が始まったころ「大英帝国の再来!」と言えばフセインに味方する人が増えそうなものですが、フセイン派の人たちは、「ジンギスカンの再来!」と言って自国民の愛国心を高揚させ、周辺国の同情を買おうとしていました。
    ユーラシア大陸ではジンギスカンのイメージがどれほど悪いのか想像できると思います。

    そういうところへ、モンゴルが国を挙げてジンギスカンの美化(イメージの正常化)を始めました。周辺国は怒ります。
    (「自大主義?; 世界、中国、そして日本」で述べたように、中国はジンギスカン論争自体には参加していません。)

    中国外交にとって大きなチャンスが訪れました。

    他の周辺国がモンゴルに対して冷たくなっていくなか、モンゴルに対してより親切になり、経済援助を増やし「我々はあなた達の味方です」みたいな顔をしています。副首相は多分、モンゴルでは相手を喜ばそうとして、「あなたの就任を日本で聞いて、嬉しくてお祝いのために日本での残りの約束を破ってまで飛んできたのよ!」とでも新大統領に話していることでしょう。

    その裏で、中央アジアの国々やロシアに対しては、終戦記念の場で「ソ連のおかげで日本を中国から駆逐できた」と発言したりして、前よりもっと友好的であるかのような顔をしています。

    モンゴルは気付いているのかどうか…。
    実はジンギスカン論争と中国外交によって、現在、モンゴルは敵性国家に包囲されているのです。これではモンゴルの中国に対する経済依存は増える一方です。


    この状況は、残念なことに外務省もマスコミも気付いていないようですが、日本にとってチャンスです。

    まず、中国政府がモンゴルにしている経済援助の3倍ぐらい日本はすぐに出せるでしょうから(実は中国がいくらあげているのか数字を調べないで書いていますw)、モンゴルには「日本からの援助によってあなたの中国に対する経済依存をなくしましょう」と持ちかけます。モンゴルと中国の仲は、しだいに悪くなるでしょう。そして、内モンゴルのモンゴル人と中国人の関係も、より深刻になるでしょう。

    その影響が出始めたころ、中国に対し裏で――中国は裏での話しか信用しませんから――「歴史カードを使わないと約束したら、モンゴルに対する援助を減らしましょう」と持ちかけます。

    結果、モンゴルも中国も、表面は日本の“友好国”っぽいものになります。

    もっとも、‘こういう相手の弱みにつけこむ卑劣な手を日本が良しとするか’と、‘外務省にこういう微妙な外交ができる手腕を持つものがいるのか’という疑問は残りますが…。
  • | 2005-05-25 | 
  • モンゴルと中国(I); 内モンゴル人と中国人

    マスコミでは、中国の言う『副首相帰国は「靖国」が理由』をまともに受けているようです。しかし、小泉さんは彼女が来日する以前から参拝するって言ってましたから(他の人が靖国について発言しましたが)状況に変化はなく、論理的に考えたらその理由はおかしいって分かるはずですのに…不思議です。
    日本のマスコミが、先入観によって、礼を欠いた帰国は「靖国」のせいに違いないと騒いでるので、これを利用して、自分の失礼も日本のせいにしてやろうという魂胆で帰国理由を変更したのがミエミエなんですけどね~。
    先入観に囚われていると物が見えなくなるという典型的な例でしょう。


    さて、「自大主義?; 世界、中国、そして日本」の続きを、もっと詳しく話します。

    モンゴル人の中国に対する嫌悪感に比べると、例えばネット上で反共や嫌韓の人を見かけますが、彼等の発言でさえ、まだ皮肉や嘲笑が混じっていて、子供じみて可愛いらしいものに見えます。

    以下は、内モンゴルを去年の夏旅行して、出会った人たちから受けた印象です。
    モンゴル人は、中国人の存在自体生理的に受け付けないというぐらい中国人の悪口を言います。ある酋長さんは、「目の黒いうちに中国人を全部(内)モンゴルから追い出す」とまで言っていました。(大抵のモンゴル人は北京語を話せませんが、酋長さんなど上のほうの人に限って、何故か北京語を話せるんですよね。)

    一方、内モンゴルの中国人は、“犯罪者の集団・野蛮人”という具合にモンゴル人を蔑んでいるようです。「政府はモンゴル人を刺激しないように、犯罪を犯しても逮捕しない」と話していました。また、「モンゴル人と中国人が喧嘩したら、中国人だけ捕まる」とも聞きました。

    私も目撃しました。というより、巻き込まれました。
    列車に乗っていると、モンゴル人が3人(モンゴル人は色が浅黒くひげを生やした人が多く、人民服みたいなの――金銭的理由により――をよく着ているので、だいたい見分けられます)入ってきて、モンゴル語で大声でしゃべりながら、一人でいた中国人の女性を囲むように座りました。そして、髪を触ったり、肩をなでたりし始めました。もちろん彼女は肩をゆすったりして嫌がります。他の乗客(大多数が中国人)は、凝視しているだけで何もしません。私も卑怯者ですから、見て見ぬふり――窓から外を見ていて気が付かないふりをしていました。
    そこへ車掌が通りかかったので、助かると思って胸をなでおろしていると、なんと!!!
    ――彼も見て見ぬふりをして行ってしまうではないですか! さすがに周りの中国人のように凝視はしませんでしたが…。

    続きは、このエントリーの話題と直接関係ないのですが、気になると思うので、一応話しておきます。
    3人のモンゴル人の行為は、次第にエスカレートしていきます。
    臆病な私でもこのままでは彼女はレイプされると思い、さすがに耐えられなくなりました。
    たまたまある駅に近づいて列車がスピードを落とし始めたので、自分の荷物を網棚から降ろし、彼らに笑顔で近づいて彼女の手を取り、3人に私と彼女は一緒だと身振りで説明し、「日本人だよ;ジーパン(北京語)、ヤポン(何語か知らない)、ニホン(日本語)」、「バイバイ」なんて適当なことを言いながら降車口の方に向かい、降りるふりをして他の車両に移りました。幸運なことに、何故か3人は手を振りながら、笑顔で私たちを見送ってくれました。

    話を戻します。
    「中国人とモンゴル人は、今は共に経済発展するという共通の目的のため静かですが、お互いの相手に対する嫌悪感が積もっているため、何かあると内戦は避けられないな」というのが私の受けた印象です。

    こういう状況ですから、北京は内モンゴルの情勢を悪化させないため、モンゴル人の本国に対して、とても媚蒙です。
    日頃から経済援助を通じて関係を深め、大統領が就任して最初にいく外国はモンゴル(!)というぐらい大事にしています

    つづく
  • | 2005-05-23 | 
  • 自大主義?; 世界、中国、そして日本

    日本政府及び、日本のマスコミの方々へ

    呉儀副首相が急に帰国しました。
    今の中国首脳部は、日本にかまっている暇なんかあるわけないので、当然、対モンゴル政策の綿密な打ち合わせのためでしょうと思いながらニュースサイトを見ていると…

    ― 外務省筋も「こちらから中国側に『靖国問題と関係があるか』と聞いたところ、『ない』ということだった」と述べた…
    ― 小泉首相の靖国神社参拝に関する発言が影響したのではないかとの見方について…

    「拗ねて帰ったのでは?」と危惧してるとは!!!

    あなた達は、恋する乙女ですか?
    自分が常に相手を見てるからって、相手も常に自分のことを1番に気にしてくれてるとは限りませんよ!
    相手は、あなた達を、あなた達が思っているほど重要だとは思ってくれてないかもしれませんよ!

    もちろん、いきなり帰っちゃうのは失礼ですけど、「え? 自分のせい?」としか思えないって…。
    あななたち、いつからそんなに自己中で自大主義になったのですか?

    もう少し謙虚になって、世界情勢を勉強しましょう!!!

    いいですか。いま、ユーラシア大陸は、ジンギスカン論争の真っ只中なんです。
    中国はひとまず置いておきます。
    ヨーロッパからロシア、中央アジア、中東、インドまで―――つまり、ユーラシア大陸のほとんどでは、ジンギスカンは悪魔の権化のように信じられています。

    モンゴルでも、共産党によって‘悪者’と定義づけられていました。
    ところが、一般のモンゴル人にとって、ジンギスカンはヒーローであるだけでなく、建国の父でもあるんです。民族の誇りなんです。
    そして、最近、モンゴルで、彼を美化しようとする動きが始まりました。
    「実は、彼は犬が怖かったんだよ」なんて人間的な面を強調したり、「彼は侵略した土地で、信仰の自由を与えた、奴隷を解放した、貿易を進めて世界経済に貢献した等」と彼の良い面を強調したりしています。

    当然、被征服者はおもしろくありません。「モンゴル人は歴史を“捏造”する…」と。
    モンゴル人に言わせれば、当時モンゴルには文字がありませんでしたから、「ジンギスカンの歴史は、彼の敵によって書かれてるから、真実じゃない…」というわけです。

    どこかの国と、その隣国の話に類似していますね。(笑)

    さて、中国です。私も最初聞いたときには、耳を疑いましたが、北京はジンギスカンを“中国人”だとしているのです! 彼等の言い分は、「モンゴル人は昔から中国の1人種で、元は中国の1王朝だし、内モンゴルは中国のひとつの“省”だし、ジンギスカンの墓もそこにある」ということです。

    モンゴル人にとって、これほど面白くないことはありません。内モンゴルはいまだに中国に取られたままですし、それに、長年中国には商売の面でだまされ続けてきたこともあり、中国人が嫌いです。
    昨日(5月22日)選挙があったのですが、誰が1番中国嫌いかを争う選挙戦でした。
    (ひとりの候補が票の半数を取れなければ決戦投票です。たぶん、そうなるでしょう。)

    北京は、「ジンギスカンが何人か?」なんて中国人以外の全ての人類が答えを知っている、全世界の常識を覆すような内容の問題をモンゴルと争いたくないので、ものすごく下手に出ています。

    もし勝者が出れば、「1番にお祝いに来たのは中国だよ」と友好を強調したいのでしょうし、
    決戦投票になるとすれば、、その前になんらかの工作をしようという算用でしょう。
    今は、「靖国!」なんて怒ってるふりをする時間がないのです。

    わかりましたか、日本政府及び、日本のマスコミの方々?


    追伸。
    アメリカの遺伝子学会の雑誌にのった、ある調査によりますと、今日、千7百万人のジンギスカンの直系の子孫が生きていて、人類の200人に1人は彼の親戚だそうです。

    続きを読む »

  • | 2005-05-23 | 
  • 靖国参拝

    靖国参拝


    首相の靖国参拝に関して、国内的な矛盾は確かにあります。
    行政が祭神名票を発行する点もそうですし、公式参拝における政教分離の問題もそうですね。

    でも、国外的には―――
    少なくとも中国との外交上での問題は、まったく別の次元にあるようです。

    実は日本の採るべき戦略は、中国の国民(政府ではなく国民です)に靖国とは何かを説明することだけで、国内的な矛盾は抱えたままでも(日本人さえそれでよければですが)、特に問題はないみたいです。
    現に、実際の対戦国であったアメリカやオーストラリアはもちろん、他の東南アジア諸国には、ちゃんと分かってもらえているみたいなので、特に文句を言ってきたりしません。

    どうやら最近まで北京は、靖国神社とは「戦犯“のみ”を奉るお寺」(神社=寺と思われています)だと国民に対して報道していたようです。
    というのも、中国を旅行していて、出会った人たちから何度か、「なんで日本の政治家は、戦犯の神社にお参りに行くのか?」と聞かれたことがあるからです。

    靖国について説明しますと、みんな決まって、矛先を靖国から日本の外務省に向けます。
    「なんで日本の外務省は、そう説明しないのだ?!」と。
    そして、靖国自体については、
    「そういう所なら日本の政治家がお参りしようが、彼等の勝手。」と言います。

    【注】わずかな、十指にも満たない人たちとの会話なので、全国民がそうであるという自信なんてもちろんありませんが、違った省の人たちとの会話なので、全国規模で同じ情報-――戦犯のお寺という―――が流れているとみて、間違いないと思います。

    つまり、まるで自分たちが関羽を廟を建てて崇拝するように―――
    より近い比喩だと、ドイツが、ヒットラー大聖堂なるものと建て、首相が行ってミサに参加し、賛美歌を歌って神に祈ってでもいるかのように、一般の人は、「日本人は戦犯を、廟を建てて崇拝し、英雄扱いしてるのだ」、と思っているのです。

    これでは、誰だって怒ります。反日になります。中国人が怒る前に、実際の第二次大戦の相手だったアメリカが怒り狂って、日本は再占領されるでしょう。
    いえ、その前に、“戦犯のみを奉る“神社があって、首相が定期的にお参りをしていたとしたら、当時の裁判の正当性がどうであれ、私は今の日本の民主主義制度を疑い、志士となって、革命を起こします。(笑)

    ところが、つい最近になって、企業や個人の間での交流が深くなって、情報統制がしにくくなってきたからだと思いますが、北京の靖国に対する公の見解は、「戦犯“をも”奉るお寺」になりました。(日本人との交流より、台湾人も事実を知ってますから、台湾人との交流による影響の方が大きいかもしれません。)

    いまさら、靖国は明治維新からの全ての戦没者を祭る所だとは言えないのでしょう。自国民に嘘をついていたことがバレますから。もしくは、自分たちが誤解していたことが国民にバレますから、今のところ、“戦犯”という言葉をはずせないのだと思います。

    だから、「靖国に行くな」ではなく、「靖国から戦犯の“位牌”をはずせ」なんてコラムが、一般の中国人の読む新聞に出てき始めたのです。

    結論として、私の考えでは、今のまま民間の交流を深めていけば、北京がどう情報操作しようと、自然に“誤解”は解け、 “戦犯のみ”とか“戦犯をも”とかいう言葉は取れていき、靖国参拝問題は自然消滅すると思います。
    気が長いようですけど、ここ数年来の日本と中国の民間交流は、加速的に伸びていますから、そんなに先の話ではないと考えます。早くも靖国の“定義”を変え始めたのがいい証拠です。

    それを待つ間、小泉さんは、靖国参拝の回数を増やしてもいいのじゃないでしょうか。
    それによって、中国人と台湾人(日本人)との間で、靖国が話題になる回数が増えるでしょうから、小泉さん、皮肉なことに、最終的には日中友好に影ながら貢献することになるかもしれませんね。


    ところで、私は韓国については、一般の韓国人が靖国神社をどう理解しているのか、どこからそういう情報を得て、なぜそう理解しているのか、全くしりません。どなたか詳しい方、いらっしゃったら教えていただけませんか?

  • | 2005-05-22 | 
  • マスメディア(文系)vs.理系; 中国のデモ

    マスコミでも、様々なブログ内でも、中国の反日デモが大きく取り扱われれいます。
    普通の日本人なら、あまり現在の中国に関心のなかった方でも、自分たちが攻撃の対象とされているのですから、気になると思います。

    そのような方々のなかには、大使館への襲撃、留学生への傷害事件などを、繰り返し報道されるうちに、“ほとんど全ての中国人は過激で、暴力的に反日で、中国は日本人にとって危ない国”であるという印象を持たれた方もいらっしゃると思います。現に、中国への渡航者は減ってきているようですね。

    日本のマスメディアを見る限りでは、物事を“点”で見て、概念化して、文系的視点で報道しますから、実は私も影響を受けて、お恥ずかしい話ですが、「彼らが反日なら私は反中国だ」なんて、子供のような感情を持ちそうになったこともありました。

    しかし、上で述べた、“ほとんど全ての中国人は過激で、暴力的に反日で、中国は日本人にとって危ない国”とは、事実なのでしょうか?

    物事を“面”で捉え、数字を見ながらの、理系的視点での簡単な考察を試みてみます。

    1)反日デモが行われたのは、主に人口1千万人級の大都市ですね。ひとつのデモに数千人が参加しました。仮に1万人と概算しても、人口の0.1%でしかありません。

    2)去年1年間に、外国に情報が流れたものだけでも、4万7千件のデモがありました。そのほとんど全てが、地方政府(省や市町村政府)の政策に反対するもので、北京・上海などの大都市ではなく、田舎で行われました。中国は、全人口の約90%が田舎に住んでいます。

    日本のマスコミは、中国のデモについて、反日のデモ以外あまり報道しませんから、ひとつ例を挙げます。
    去年の暮れの、広東省のある村での出来事です。ある橋の通行料廃止を村の政府に嘆願するデモが行われ、人口2万5千人余りの村ですが、婦女子・老人も含め2万人余りが参加しました。
    まず、橋のたもとにある料金所に火をつけ、通行料を受け取る係りの人を半殺しにし、橋を通行止めにしました。そして、消火のために駆けつけた2台の消防車も火達磨にしました。もちろん消防車に乗ってきた消防隊員を半殺しにすることを忘れたりはしません。
    村の警察は歯が立たないと判断し、省政府に連絡して、省都広州から来た特別に武装化された警察隊が鎮圧しました。


    3)外務省によると、2003年度の在外公館における邦人援護件数は、トップが12年連続でバンコク、2位が浮上したロサンゼルス、3位がロンドン、4位が2002年の2位から転落したパリです。
    そして、これは地域別の数しか見せてくれませんが、窃盗などの一般犯罪の被害者件数は、アジア地域が1.788、ヨーロッパ地域が2.567件数でした。
    (2003年までの情報しかありませんでした。)

    上の3点から大局的に言えることは、“多くの中国人は過激で、暴力的に反地方政府で、中国は地方政府の役人にとって危ない国”、そして、“ほんの一握りの中国人が過激な反日で、ヨーロッパやタイのほうが日本人にとってはよっぽど危険”ということではないでしょうか?

    捏造などの‘情報’操作をしなくても、‘印象’操作は簡単にできるのですね。
  • | 2005-05-22 | 
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    ≪このブログを始める理由≫
    “Noir”とはフランス語で‘黒’のことです。
    全ての色を混ぜ合わせれば、黒になります。
    昨今、マスメディアは、マス“ゴミ”と言われるぐらい信用をなくし、当てにならなくなっている状態ですし、また、少なくともネット上では、反共・反在日・嫌韓というように、色をできるだけ混ぜないようにしようとする考え方が流行っています。
    この状況から少しでも早く離脱し、色を少しでも‘黒’に近づけることに貢献できればと思い、このブログを始めます。


    ≪このブログの目的≫
    ヘミングウェーのように、スペイン内戦にボランティアとして参加した知識人は、内戦をロマンチック化(ヘミングウェー『誰がために鐘は鳴る』)して世界に伝え、ニュースメディアは、左と右に別れてプロパガンダを流したなか、ひとり、ジョージ・オーウェルだけが“ジャーナリスト”的視点から、政治的・哲学的な偏見に左右されることなく、ありのままを伝えてくれました。(オーウェル『カタロニア讃歌』)
    このブログでは、彼のように、できるだけ偏見に左右されることなく、「歴史を操るものが現在を支配する。現在を操るものが将来を牛耳る」(オーウェル『1984年』より)という教えを忘れず、いま起こっているさまざまな現象とその起因を、過去・現在・未来と―――
    時間をこえて”考察し、できれば対処法をみなさんと議論できればと考えています。


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